相続が発生する前はほとんどの方が、「お金持ちじゃないから」「家族みんな仲が良いから」と自分達はトラブルには発展しないと考えてしまいがちです。
しかし、相続が発生して親族間でトラブルに発展するのは、決して富裕層だけの話ではありません。裁判所によると、2018年の遺産分割事件の7,507件のうち、遺産の価額が5,000万以下の件数が5,725件にも及び、全体の76%を占めている状態です。
このことからも分かるように、相続のトラブルは富裕層だけに考えられる問題ではなく、むしろ一般家庭で多いトラブルと言えます。
今回は、いざ相続が発生した際にトラブルに発展しないよう、遺産分割協議の方法や必要性について詳しく解説していきます。
(参考:裁判所 司法統計表 家事平成30年度「52 遺産分割事件のうち認容・調停成立件数(「分割をしない」を除く) 遺産の内容別遺産の価額別 全家庭裁判所」)
目次
遺産分割協議とは?
被相続人が遺言書を作成して相続の内容を指定している場合は、遺言書の内容に沿って指定分割を行うのが一般的です。
しかし、被相続人が遺言書を作成していないケースも少なくありません。この場合、相続人が1人であれば問題ありませんが、複数人いる場合は誰がどの財産を相続するのか、どのように分割するのかをきちんと相続人全員で協議した上で決めなければなりません。この遺産分割の内容を決めるための協議を、遺産分割協議といいます。
全員が同意をすることで遺産分割協議は終了しますが、時間が経てば人の考えは変わることがあります。後にトラブルに発展して、せっかくの遺産分割協議が無駄になってしまうことのないよう、分割協議で決定した内容で遺産分割協議書を作成する必要があります。
遺産分割協議書は、全員が遺産分割の内容に同意したことを証明する書類になり、相続登記や口座の凍結解除などの手続きで必要となります。
また、遺言書で分割方法等が指定されていたとしても、法定相続人や受遺者(遺言で指定された財産の受取人)の全員が同意をすれば、協議分割をすることも可能です。
ただし、一度相続人全員が同意をして作成した遺産分割協議書は、基本的にはやり直すことができません。遺産分割協議をやり直す場合にも、再度相続人全員の同意が必要となるため、遺産の価額に関わらず、安易に同意をしてしまわぬよう注意が必要です。
遺産分割協議に参加が必要な人物
遺産分割協議を行う場合、その相続の共同相続人が全員参加しなくてはなりません。せっかく遺産分割協議書を作成しても、共同相続人が1人でも欠けていた場合は全て無効となってしまいます。
→詳しくはこちら「法定相続人と相続分」
遺産分割協議は法定相続人はもちろん、遺言書で指定されている受遺者も含めて行う必要があります。海外など、居住地が遠方だからといって、遺産分割協議に参加しなくてもいいという訳ではありません。ただし、相続放棄をした人は初めから相続人ではなかったものとして扱うため、遺産分割協議に参加する必要はありません。
協議の場に全員が集まる必要はないので、居住地が遠方の相続人がいる場合は、遺産分割協議書の郵送などを行い、相続人全員の署名や捺印、印鑑証明の添付をすることで、遺産分割協議書に効力が発生するのです。
全く面識のない相続人がいる場合であっても、相続人である以上は必ず同意が必要になります。共同相続人の連絡先などが分からず、遺産分割協議をすすめられない場合などは、弁護士や司法書士等の専門家へのご相談をおすすめします。
また、相続人の中に胎児や未成年者、認知症などで判断能力の低下した相続人、音信不通の行方不明者がいる場合も、それぞれに法的な代理人が必要となるので注意が必要です。
→詳しくはこちら「障害者や認知症の相続人がいる場合の遺産分割」
→詳しくはこちら「未成年者がいる際の遺産分割協議」
→詳しくはこちら「胎児がいる場合の相続」
→詳しくはこちら「行方不明の相続人~失踪宣告と不在者財産管理人~」
遺産分割協議書が必要となるケース
遺産分割協議書は、相続が発生したからといって必ずしも作成しなければならない物ではなく、作成をしなかったからといって罰則が生じるということもありません。
しかし、下記のようなケースでは、後に大きなトラブルに発展してしまったり、そもそも遺産分割協議書がなければ相続に伴う手続きが出来ないということもあります。下記のケースに当てはまる場合は、相続発生後の早い段階で分割協議を行い、遺産分割協議書を作成することをおすすめします。
遺言書がない
遺言書がない場合、誰がどの財産を相続するのか、相続人全員で協議をして決めなければなりません。
協議をして相続人全員が同意しているということが証明できなければ、不動産の相続登記や口座の凍結解除も出来ない状態になってしまうため、手続きのためにも遺産分割協議書を作成しなくてはなりません。
遺言書の内容とは異なる遺産分割を行う
遺言書で全ての財産の相続方法が指定されている場合でも、相続人や受遺者全員が納得しているのであれば、遺言の内容とは異なる遺産分割を行うことが可能です。
このような場合には、遺言書があっても遺産分割協議書を作成しなくてはなりません。
→詳しくはこちら「遺言と異なる内容で相続したい」
遺言書に記載されていない財産がある
遺言書はあるものの、不動産などの一部の財産の相続方法に関することしか記載がなく、その他の預貯金などの財産の相続方法は記載されていないなどというケースも少なくはありません。
このように、遺言書はあるが記載されていない財産がある場合、記載されていない財産をどのように相続するのかを協議し、遺産分割協議書を作成する必要があるのです。
相続税の申告を行う
相続税の申告を行う場合、それぞれが相続した遺産の価額に応じて、各相続人が負担する相続税額を算出します。そのため、相続税の申告を行う場合は税務署に遺産分割協議書を提示する必要があります。
しかし、遺産分割協議書がない場合、実際の相続分に関係なく法定相続分で遺産分割したと仮定し、法定相続分に応じてそれぞれの相続税を算出することになるのです。
例えば、被相続人である夫の相続人に、配偶者である妻と子供が2人いたとします。遺産分割協議の結果、配偶者である妻が1/4、子供Aが1/4、子供Bが1/2相続することになったとします。
相続税が500万発生した場合、遺産分割協議書を提示すれば相続分に応じて、妻が125万、子供Aが125万、子供Bが250万の相続税を納税することになります。
しかし、遺産分割協議書の作成ができていなければ法定相続分で負担することになるため、妻が250万、子供Aと子供Bが125万ずつ相続税を納税することになってしまうのです。
相続税の更正の請求を行う
相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらず、配偶者の税額軽減などの特例を利用できなかった等の理由で本来負担すべき相続税額よりも多く納税した場合、相続税の更正の請求を行うことで払い過ぎた税金の還付を受けられます。
しかし、相続税の更正の請求を行う場合、特例や実際の相続分に応じて相続税額を算出する必要があるため、遺産分割協議書の提示が必要となります。
遺産分割協議書が必要ないケース
多くの場面で必要となる遺産分割協議書ですが、相続が発生したからと言って必ず作成する必要があるというわけではありません。
具体的には以下のようなケースでは、遺産分割協議書は不要です。
法定相続人や受遺者が1人だけ
被相続人の財産を1人で相続する場合は、遺産分割は行わないため、遺産分割協議書も必要ありません。
遺言書の通りに相続する
遺言書に全ての財産の相続方法が明記されている状態で、遺言書に沿って遺産分割を行うのであれば遺産分割協議書を作成する必要はありません。
公正証書遺言であれば、そのまま遺産分割協議書の代わりに提示して相続手続きが可能です。
自筆証書遺言や秘密証書遺言の場合も、遺言書に沿って遺産分割するのであれば遺産分割協議書は不要ですが、事前に家庭裁判所で遺言書の検認が必要となります。
→詳しくはこちら「遺言書の検認とは」
遺産分割協議の期限
共同相続人全員で行う遺産分割協議には、法的な期限は設けられていません。相続が発生して数十年経過してから行っても問題は無いのです。
しかし、相続が発生して数十年が経過すれば、次は相続人が亡くなるなど、遺産分割協議自体の難易度も上がってしまいます。また、相続税の申告時に遺産分割協議書が完成していなければ、本来納税すべき相続税額よりも多く納税しなくてはいけなくなることもあるのです。
相続税の申告期限に間に合うよう遺産分割協議書を作成していれば、配偶者の税額軽減などの特例を適用するなど、一時的に多く相続税を納税しなければならないという事態を避けることもできます。
そのため、遺産分割協議書の作成に法的な期限は設けられてはいませんが、相続税の申告期限である相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に作成できるよう協議を行うのがベストです。
遺産分割協議の流れ
実際に遺産分割協議を進めるためには、相続人や財産の調査など様々な準備が必要になります。
①相続人の調査
遺産分割を行っていくうえで、まず確定させなくてはならないのが誰が相続人になるのかということです。
万が一、家族も知らない隠し子などが存在していることが遺産分割協議後に発覚した場合は、全て無効となってしまいます。
そのため、法定相続人を調査するためには、被相続人の出生から亡くなるまでの全ての戸籍謄本や除籍謄本、改製原戸籍謄本を集めて調査をする必要があります。
相続人の中に未成年者や行方不明者などがいる場合は、それぞれに法的な代理人をつける必要もでてきますので、煩雑化している場合は弁護士や司法書士等へのご相談をおすすめします。
→詳しくはこちら「相続人が遺産を教えてくれない」
②財産調査・財産目録の作成
相続人調査が完了したら、次に被相続人の財産調査を行います。
預貯金などの現金、株や不動産だけでなく、借金などもマイナスの財産となり相続財産に含まれます。被相続人が保有している銀行口座や株などを調べるだけでも決して簡単なことではありません。
しかし、マイナスの財産である借金や未払い分の税金等もきちんと確認しておかなければ、負担するマイナスの財産と遺産分割で受け取るプラスの財産が割に合わないというようなことにもなりかねません。
マイナスの財産に気付かず放置をしてしまうと、後に大きなトラブルに発展してしまう場合もあります。きちんと財産調査を行ったうえで、プラスの財産もマイナスの財産も全て記載した財産目録を作成するようにしましょう。
自分達だけで財産調査や財産目録の作成が困難な場合は、行政書士や司法書士へ相談されてみてください。
③遺産分割協議
相続人と財産の調査が完了したら、遺産分割協議を開始します。
共同相続人全員で、どの財産をどのように分割するのかを決めます。実際に全員が集まって協議をすることもあれば、一部の相続人だけ集まり、遠方地に居住している相続人とは電話や郵便物で協議をすることもあります。
必ずしも全員が同じ場所に集まる必要はありませんが、直接話し合うことが困難な場合は、認識の相違が生じやすく、言った言わないの水掛け論になってしまうこともあるため注意が必要です。
④遺産分割協議書の作成・取り交わし
遺産分割協議で共同相続人全員の意見がまとまったら、後にトラブルに発展することのないよう遺産分割協議書を作成します。
自分たちで作成することもできますが、30,000円~100,000円程で行政書士などの専門家に作成を依頼することも可能です。専門家に依頼することにより正確な遺産分割協議書を作成でき、戸籍謄本等の必要書類の収集、相続人や財産の調査など、手間のかかる手続きも代行してもらえます。
遺産分割協議書は人数分作成をして、共同相続人全員が署名、捺印することにより有効なものになります。
万が一、審判や訴訟に発展した場合にも、遺産分割協議書は証拠として利用できるものになりますので、自分達で作成をすることに不安がある方は、行政書士や司法書士等の専門家に作成を依頼することをおすすめします。
一度遺産分割協議書に署名、捺印をして遺産分割協議が成立すると、遺産分割協議をやり直すことは非常に難しくなります。きちんとした協議も行われずに一方的に遺産分割協議書が届いた場合は、安易に署名や捺印をしてしまわぬよう注意してください。
遺産の分割方法
遺産の中には現金だけでなく、不動産や借金などが含まれていることが多くあります。現金であれば細かくそれぞれの相続分を決めることができますが、不動産や借金は現金のように簡単に分けることが難しい財産です。
一般的な遺産分割の方法としては下記のようなものがあります。
現物分割 | 土地や預金などの財産をそのままの状態で相続する |
換価分割 | 財産の一部、もしくは全てを売却し、現金化してから分割する |
代償分割 | 相続人の1人が相続し、代わりに他の相続人に代償金を支払う |
共有分割 | 相続人の共有名義にして相続する |
→詳しくはこちら「【不動産と相続】もめるケースとは?土地・建物の遺産分割方法」
上記のような方法で現金以外の分割しづらい財産も分割することができますが、それぞれにメリットとデメリットがあるので注意が必要です。
マイナスの財産に関しては、法定相続分に応じて各相続人に負担が振り分けられます。
もちろん、借金などのマイナスの財産も、プラスの財産同様に相続人同士でそれぞれの負担額を決めて遺産分割協議書に記載することはできます。
しかし、マイナスの財産に関しては、遺産分割協議書に記載してもあくまで相続人間での同意であり、貸主である債権者、金融機関との契約には直接影響しません。
借主である債務者を、相続人の1人に変更したい場合は、金融機関の承諾を得て契約内容を変更する必要があります。
→詳しくはこちら「連帯保証人の相続について」
遺産分割協議がまとまらず、不成立となった場合
遺産分割協議を重ねても、どうしても話し合いがまとまらないこともあります。そのような場合には、家庭裁判所に遺産分割調停の申立てを行い、調停で遺産分割の方法を話し合うことができます。
遺産分割調停では、調停委員などを介して協議をするため、感情的にならず比較的スムーズに話がまとまることが多くあります。
しかし、遺産分割調停も相続人全員が同意をしなければ成立しません。
遺産分割調停でも話し合いがまとまらない場合には、遺産分割審判に移行し、裁判官の審判で遺産分割方法を確定させることになります。
調停や審判にまでトラブルが発展した場合、専門的な知識がなければ不利な状況となってしまうことも考えられます。遺産分割で調停や審判にまで発展した場合は、法律の専門家である弁護士に代理人になってもらうのがベストでしょう。
→詳しくはこちら「家庭裁判所における遺産分割調停、遺産分割審判」
遺産分割協議書はトラブルを未然に防ぐことが出来る
遺産分割協議を行い遺産分割の方法を明確にし、遺産分割協議書を作成することにより、不動産の名義変更や預金口座の凍結解除等の手続きが可能になるだけでなく、相続人間での争いを未然に防ぐことも可能になります。
相続人や相続財産の状況によっては、自分達だけで遺産分割協議をすすめることが困難なケースも決して少なくはありません。
遺産分割協議を自分達だけで行うのが困難だと感じた場合は、トラブルが大きくなってしまう前に、弁護士や司法書士等の専門家に一度相談をされてみてください。
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記事の執筆後に法令改正等が行われている場合、内容が古い可能性があります。法的手続きをご検討中の方は、弁護士・税理士・司法書士等の専門家への確認・相談をおすすめします。
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